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東京地方裁判所 昭和25年(行)66号 判決

原告 鈴木龝男

被告 関東信越国税局長

訴訟代理人 杉本良吉 外三名

主文

被告が昭和二十五年三月二十四日付を以て昭和二十三年度原告の所得金額並に所得税額について訴外宇都宮税務署長のなした更正処分を相当として、原告の昭和二十三年度所得金額二百二十四万千八百円、所得税額百五十一万三百十一円追徴税二十七万五百円、加算税三十四万九千四百八十六円とした審査決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

(一)  原告は昭和二十一年十月以来印刷業を営んでいたが訴外宇都宮税務署長に対し昭和二十三年度分所得金額を八十万円として、これに相応する税額を申告し、その税額の税金を納付した。

(二)  ところが原告は昭和二十四年九月関東信越国税局調査査察部の調査を受け、宇都宮税務署長はその調査の結果に基き、昭和二十四年十一月二十日付で原告の昭和二十三年度所得金額二百二十四万千八百一円、所得税額百五十一万三百十一円、追徴税二十七万五百円、加算税三十四万九千四百円とする旨の更正決定をなし、原告に通知し、原告は右通知書を同年十二月三日受領した。

(三)原告は右更正処分を不服として同年十二月二十日宇都宮税務署長を経由して被告に対し審査請求をした(当時の所得税法施行規則第四十七条による)ところ、被告は昭和二十五年三月二十四付で所得金額並に所得税額については前示更正を相当とし(但し、所得額において端数一円を切捨て、二百二十四万千八百円としたが計算上のもので、更正額を改めたものではない。)追徴税額も更正額を是認し加算税額を三十四万九千四百八十六円(更正額と八十六円の差あるも計算上の差であろう。)とする旨の審査決定をなし原告は昭和二十五年三月二十六日右決定の通知を受けた。

(四)  けれども右審査決定は左の二点において違法である。

審査決定において是認した更正決定(宇都宮税務署長の)における原告の昭和二十三年度所得金額は原告の収入総額を四百九十七万八百九十二円とし、支出総額を二百七十二万九千九十一円として前者より後者を控除して算出されたものであるところ、

(イ)  右収入総額中には附随収入として百八十二万九千百円を包含しているのであるが、その附随収入の内容は原告において

(1)  昭和二十三年二月二十五日、インキ、活字を代金十八万二千四百六十円六十銭にて売却し、翌二十六日右代金を収得し、

(2)  同年三月二十五日原紙を代金七十五万四千七百九十四円二十四銭にて売却し同年十五日内金九万五千三百二十九円七十銭を収得し、

(3) 同年七月五日、代金五十九万千八百四十五円相当の原紙並に代金三十万円相当のインキを売却し、(2) の残代金と合計した金額の内金として同年八月十八日百二十三万七千百七円二十七銭を、同月三十一日三十一万四千二百三円十七銭を収得し、

たものとして以上(1) 乃至(3) の代金合計百八十二万九千百円八十二銭を原告の印刷業に付随する収入とし、事業所得(営業所得)として所得税課税の対象となる所得として収入総額中に計上している。

しかしながら、原告は昭和二十三年二月、印刷事業を目的とする同族会社、訴外朝陽堂興業印刷株式会社を設立し、原告個人所有の商品、資材等を遂次会社に移転して営業の準備に着手し同年七月一日営業を開始すると共に、他方原告が從来朝陽堂印刷所という商号で個人営業として営業して来た印刷業を同年六月三十日限り廃業し同年七月二日所轄税務署長に廃業届出をなし、右廃業になり不要となつた一切の資材を同年五月付で、前示会社に譲渡した形式をとつたが、元来原告は新設の右同族会社に個人営業廃止後の機械器具並に資材一切を現物出資するつもりであつたところ、新設会社の資本金額が十九万円にすぎなかつたので、現金出資で会社を設立した上、資材を会社に譲渡したものであり、真実は昭和二十三年二月二十五日右資材一切を一括して会社に売却したが会社の経理上、上叙(1) 乃至(3) の如く三回に分割して記帳したのである。されば前述の如き同族会社について営利の目的で譲渡したものでもないし、廃業後の残余資産の処分として、帳簿上の形式は兎もあれ、唯一回の譲渡行為をしたのを目して反覆継続を常とする営利行為と同視し、その譲渡対価の取得を以て、事業所得(営業所得)とするのは誤りであつて、当時の所得税法第九条第一項第七号に該当する譲渡所得と解すべく、しかく解するにおいては、譲渡代金合計百八十二万九千百円八十二銭より譲渡資材の仕入原価六十二万九千三百六十九円二十銭の外、昭和二十三年度中に譲渡所得について生じた九十七万六干円の損失を控除した残部の十分の五が所得税課税の対象である所得として計上されるにすぎないものであるのに、被告は譲渡代金を事業所得(営業所得)としたため、前示損失を控除せず、又全額を課税の対象となる所得としたのは違法である。

(ロ)  次に支出総額についても、そのうち工場を含む一般経費として百三十九万八千八百四十三円と算定しているが、原告は昭和二十三年六月三十日に前述の如く廃業しているのであるから右の如く廃業の場合には昭和二十四年度に課せられる予定の事業税を昭和二十三年度の一般経費として算入すべきものであるのに、前示経費中に昭和二十四年度の事業税十六万八千円を計上していない違法がある。

以上(イ)(ロ)の違法は昭和二十三年度の原告の所得税課税の対象となる所得金額並に所得税額、追徴税額及び加算税額の決定に影響し、その決定を違法ならしめるものであり従つて昭和二十五年三月二十四日付を以て被告が原告に与へた原告の昭和二十三年度の所得金額並に所得税額に関する審査決定は違法であるからその取消を求めるものであると述べ、

被告の答弁に対する再答弁として、

(a)については、被告は昭和二十三年七月二日より同月十二日までの間に個人営業の注文主に対し印刷製品等を納入し、又同年八月三十一日までかかつて顧客より印刷代金等を回収した事実は認めるが、右は同年六月三十日の廃業の日までにでき上つた製品を納入し、又廃業前の印刷代金等を廃業後に回収したにすぎないので、右事実があるからとして、八月末日まで営業行為を継続したものということはできない。

(b)については、所得税法第九条第一項第七号に被告主張の如く「資産の譲渡に因る云々」の規定があるが、その資産については被告主張の如くに「流動資産」を除外するものと解すべき根拠はない。尤も同法条中には「資産の譲渡に因る所得はその年中に総収入金額から当該資産の設備費改良費等と控除云々」と規定しているが、右は資産の譲渡の場合、その資産について設備費、改良費等がかかつているものは、その経費を控除するというだけのことで、右の設備費、改良費等のかからない性質の資産が同条の資産に包含されない趣旨と解することはできないばかりでなく、右法条は元来、当初は「不動産、不動産上の権利、船舶(製造中の船舶を含む。)鉱業若しくは砂鉱業に関する権利若しくは設備又は株式その他命令で定める資産云々」と規定されていたのをその後昭和二十三年七月七日法律第一〇七号を以て改正され、第九条第一項第七号の「不動産、不動産上の権利、船舶(製造中の船舶を含む。)鉱業若しくは砂鉱業に関する権利若しくは設備又は株式その他命令で定める」を削り、從来資産の上に冠せられていた右の文言を除去して、右資産中に動産をも含む趣旨を明にしたところからしても、被告主張の如く流動資産と固定資産とに区別し、流動資産は同法条の資産に包含されないという解釈は成立しないのである。

更に税務行政上の從来の取扱としては現物出資による同族会社の設立、増資又は現金出資により設立された同族会社に、出資者より設立直後に現物を売却した場合は現物譲渡の対価を譲渡所得としており、この点は昭和二十四年九月十二日付(直法一-一四)国税庁長官より関信国税局長宛「現物出資による同族会社の設立又は増資があつた場合における課税上の取扱について」と題する通達によつても明である。

(ロ)の事業税についての被告の答弁については、所得税法の取扱基本通達二六一号は「年度の中途において死亡した場合、又は事業を廃止した場合において、その死亡の年又は廃止の年に課せられるべき必要な経費と認められる公租公課で、その年以後において控除される機会のない部分がある時は、たとえ其の部分について申告、更正若しくは決定又は賦課徴収の決定がないときにも、その見込額を控除することができるもの」とし、又「事業税は現実に納付したものであると否とを問はず税務官庁が進んで損金とすることにする」としているが事業税の納付義務が発生すればその時損金とするのが合理的であるからであると述べた。

被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の(一)(二)(三)の事実は認める。(四)の事実については審査決定で是認された更正決定表示の原告の昭和二十三年度所得金額が収入総額を四百九十七万八百九十二円、支出総額を二百七十二万九千九十一円として、前者より後者を控除して算出されたものであること、(イ)の事実中、右収入総額のうちに附随収入八百八十二万九千百円が含まれており、その附随収入の内容が原告主張の(1) 乃至(3) の合計百八十二万九千百円八十二銭であり、右を印刷業に附随する事業所得(営業所得)として所得税課税対象所得として計上したこと、原告がその主張の如く同族会社訴外朝陽堂興行印刷株式会社を設立し、原告の個人営業として経営して来た印刷業を昭和二十三年六月三十日限り廃業する旨の廃業届を同年七月二日所轄宇都官税務署長に、届出たこと、(1) 乃至(3) の売却資材は、帳簿上右の如く三回に分割して記帳されているが、その実は、昭和二十三年二月二十五日一括して原告から前示同族会社に売却されたものであること、右売却資材の原告の仕入原価が原告主張通りであること並に昭和二十三年度中に譲渡所得について原告の受けた損失が九十七万六千円であることはすべて認めるが、その余の点はすべて否認する。

(a) 原告は上述の通り昭和二十三年六月三十日限り廃業する旨の届出はしたが、廃業は営業主が廃業の意思で残務処理に着手し、それを完了したときに営業活動の事実上の終止があり、完全に廃業したものと云い得るもので、単に廃業意思の表白だけでは廃業したとは云へないのであるが、原告は、その廃業届出後も同年十月頃に至るまで、個人営業の顧客への印刷製品等の納入、印刷機械の貸付等の営業活動をしていたのであるから届出通りに廃業したものとは云えない。從つて(1) 乃至(3) の資材売却はその記帳通りに取引されたとしても(昭和二十三年二月二十五日に一括売却されたことは争がないのであるが)、事実上廃業前の取引であるのみならず、

(b) 元来譲渡所得というのは、山林所得及び営利を目的とする継続的行為によつて生じた所得以外の資産の譲渡による所得というのであるが、当時の所得税法(昭和二十二年三月三十一日法律第二七号で昭和二十五年三月三十一日の改正前のもの)第九条第一項第六号第七号で、かような特殊の所得の類型を認めためは、この種の所得が主として一時的所得であつて所得の生じた年に全額課税を行ふとすれば年々一定額宛収入する一般事業所得(営業所得)と比較して高率の超過累進税率の適用による過重な負担となることを考慮し半額課税にしようとしたためである。

その立法趣旨から考えても、譲渡所得とは、営業に関しない資産の譲渡による所得であり、且つ前示法条(第一項第七号)によれば「資産の譲渡に因る所得(前号に規定する所得及び営利を目的とする継続的行為に因り生じた所得を除く。以下譲渡所得という。)は、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額の十分の五に相当する金額」とあるところからして、譲渡所得の対象となる資産の譲渡は、経費として設備費及び改良費を計上し得る資産の譲波を指し、流動資産の譲渡を含まないことも実定法上明白であり、税務行政上の取扱としても疑のないところとされてきたものである。

本件において、原告は印刷業を営む商人であり、その営業のため他より買入れた原紙、インキ、活字等を原材料(消耗品)として顧客よりの注文を受けることを基本的行為としてきたのであるが、昭和二十三年二月、同族会社を設立して、右原材料等の流動資産を個人営業を整理して右会社に売却処分したのであるから、この売却処分は印刷営業のためにする行為であり、附随的行為として営業活動の一部を構成するものであつて、これにより生ずる収入は附随収入として営業所得の収入面に計上さるべきものである。

仮に右の見解が容れられないとしても、昭和二十三年当時における社会情勢を考察すれば、用紙を初めとして諸物資の需給状態は著しく権衡を失し、印刷業者は印刷の請負のみならず、原材料の需給状態を配慮して、用紙等を投機的に買入れ置き、若し実際の所要量を超過するときは、これを他に転売する等の行為をしていたのであるからかような状況を背景として当時の印刷業の状態を眺めるならば、用紙等原材料の転売も印刷営業の一部乃至は附帯的業務であつたということができる。從つて本件(1) 乃至(3) の資材売却による所得も、営業所得と解すべきものである。

原告主張の(ロ)の事実中支出総額のうちに、昭和二十四年度の事業税を算入しなかつたこと、並に右事業税額が原告主張の通であることは認める。

事業税は前年の所得金額を基礎として決定されるものであり、昭和二十四年度の原告の事業税十六万八千円は昭和二十四年度の所得から控除すべきものであるが、原告は昭和二十三年中に事業を解消したので、控除さるべき所得はないことになつているのであると述べ、

原告の再答弁につき、

原告主張の昭和二十四年九月十二日附国税局長官より関信国税局長宛の通達は、譲渡所得の意義を明にしたものではなく、むしろ譲渡所得の原因となる資産中には流動資産の譲渡を含まないものであることを前提として現物出資による同族会社の設立又は増資の場合における課税上の取扱方針を指示したものである。

又事業税について原告の主張する所得税法の取扱基本通達は昭和二十六年一月一日附であり、昭和二五年度より実施されるもので、右通達により從来の次年度の事業税見込額を事業廃止年度の収入額から控除しない取扱を改めたものであると述べた。

〈立証 省略〉

理由

原告主張の(一)乃至(三)の事実は被告の認めるところであり、(四)の事実中審査決定で是認された更正決定(宇都宮税務署長の)表示の原告の昭和二十三年度所得金額が収入総額を四百九十七万八百九十二円、支出総額を二百七十二万九千九十一円として前者より後者を控除して算出されたものであること、並に(イ)の事実中右収入総額のうちに附随収入百八十二万九千百円が含まれており、その附随収入の内容が原告主張の(1) 乃至(3) の合計百八十二万九千百円八十二銭であり、右を印刷業に附随する事業所得(営業所得)として所得税課税対象所得として計上したこと、原告がその主張の如く同族会社訴外朝陽堂興行印刷株式会社を設立し、原告の個人営業として経営して来た印刷業を昭和二十三年六月三十日限り廃業する旨の廃業届を同年七月二日所轄宇都宮税務署長に届出たこと、(1) 乃至(3) の売却資材は帳簿上右の如く三回に分割して記帳されているが、その実は昭和二十三年二月二十五日一括して原告から前示同族会社に売却されたものであることも何れも本件当事者間に争がない。

そこで原告から上叙同族会社に売却された資材の代金が、当時の所得税法第九条第一項第七号に所謂「譲渡所得に」に該当するものであるかどうかについて考えると、

先ず資材売却の時期方法については帳簿上の記載に拘らず昭和二十三年二月二十五日一括して原告から新設の同族会社に売却したものであることはすでに述べた通り本件当事者間に争がないのであるから原告がその廃業届出通り同年六月三十日限り事実上廃業したか否かに関せず、原告の廃業前の売却であることは明白であり、廃業の時期についての原被告の主張は売却関係に関する限り最早無用の論議と云わざるを得ない。尤も訴訟の経過により云えば当初被告は帳簿記載の通り(1) 乃至(3) の三回に亘り売却されたものと主張していたので(3) の売却の日は昭和二十三年七月五日であるから、同年六月三十日限り廃業したとすれば、廃業後の処分となるので、廃業の時期が争われたのであるが、その後被告は売却の時期、方法について原告の主張を認めた関係上、無用の論議化したのである。

次に所得税法(昭和二十二年三月三十一日法律第二七号)の制定当初の第九条第一項第七号によれば所得税の課税標準としてよるべき金額は「不動産、不動産上の権利、船舶(製造中の船舶を含む。)、鉱業若しくは砂鉱業に関する権利若しくは設備又は株式その他命令で定める資産の譲渡に因る所得(前号に規定する所得及び営利を目的とする継続的行為に因り生じた所得を除く。以下譲渡所得という。)は、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額の十分の五に相当する金額」と規定し、右規定による「命令で定める資産」として所得税法施行規則(昭和二十二年三月三十一日勅令第一一〇号)第七条は「法第九条第一項第七号の資産は、左に掲げるものとする。一、法人に対する出資(基金又は醵金を含む)二、特許、実用新案、意匠には商標に関する権利、著作権、出版権、営業権その他これらに準ずる権利」と規定している。従つて法文の文理より云えば制定当初の所得税法第九条第一項第七号の譲波所得とは「不動産又はこれに準ずる権利の譲渡」「株式又は法人に対する出資の譲渡」「無体財産権又はこれに準ずる権利の譲渡」に因る所得のみを指称し動産の譲渡に因る所得を含まなかつたことは明であるが、その後右法条は「所得税法の一部を改正する等の法律」(昭和二十三年七月七日法律第一〇七号)により「不動産、不動産上の権利、船舶(製造中の船舶を含む。)鉱業若しくは砂鉱業に関する権利若しくは設備又は株式その他命令で定める」との文言を削除され右削除の結果同法条の譲渡所得中に動産の譲渡による所得をも包含することとなつたものであり、このことは証人久田重次郎の所得税法の立法の変遷の経緯に関する証言に徴しても明白である。従つて右改正後における同法条の譲渡所得は山林所得並に営利を目的とする継続的行為に因り生じた所得を除いた不動産、動産その他の資産の譲渡に因る所得をいうものである。されば本件において附随収入として計上された所得が譲渡所得であるかどうかは、原紙、インキ、活字等の動産の譲渡が営利を目的とする継続的行為であるかどうかに係るものと云わなけれはならない。被告は流動資産の譲渡は右法律の資産の譲渡に入らないというけれども、その流動資産の意義は兎もあれ被告のいう流動資産の意義は必ずしも明確ではない。地方税法では同法第三百四十一条で固定資産税の対象としての固定資産を土地、家屋及び償却資産を総称するとし、その償却資産についても規定しているから、右固定資産以外の資産を流動資産と解し得ないわけでもないし、被告のいう流動資産もその意味に解することもできようか、)被告の右主張は法文上の根拠を欠くものである。尤も前示法条には設備費、改良費を資産の譲渡に因る所得より控除できる旨を規定しているが、右規定は単に、譲渡資産について右の如き経費の支出がある場合はその経費を控除できる旨の規定であつて、右規定があるからと云つて、右の如き経費の支出を要しない種類の資産の譲渡を除外したものと解し得るものでないことは上叙改正の趣旨からして疑を容れない。

本件において原告は印刷業を営んでいたものであり、印刷業は商法第五百二条第二号、第五号に該当する商行為に該当し従つて原告は同法第四条第一項の商人であるところ、原告はその営業経営中の昭和二十三年二月二十五日、新設の同族会社朝陽堂興業印刷株式会社に対し、印刷の原材料である原紙、インキ、活字等の営業用動産を代金百八十二万九千百円八十二銭で売却し(帳簿上は(1) 乃至(3) の如く三回に亘り売却したように記帳したのであるから同法第五百三条第二項により、その売却は営業の為にするものと推定され、右推定が維持される限りは右第五百三条第一項により商行為とされ、又商行為とされる限りは、商行為は本来その性質上営利を目的とするものであり(具体的場合には現実には利得しなかつたとしても)、又具体的取引は一回しかなされなくとも当然に反覆累行を予想される継続的性質のものと観念され、従つて、「営利を目的とする継続的行為」として所得税法第九条第一項第七号に所謂譲渡行為とはならないわけであるから、本件の場合において商法第五百三条第二項の推定がそのまま維持されるかどうかを考えて見なければならない。ところで成立に争のない甲第一号証の一、二、甲第二号証、証人坂本茂、中野政次郎の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合すれば原告はその個人経営の印刷業を近く廃業して、同種の営業を目的とする同族会社を設立し、実質的には個人営業を自己の主宰する会社組織に移行させるつもりで、昭和二十三年二月同族会社朝陽堂印刷株式会社を設立し、この会社に本件売却物件を現物出資の形式で譲渡しようとしたが会社の資本総額が僅かに十九万円となつているので、現物出資の形式を採ることができず、一応現金出資形式で会社を設立した上、その直後本件売却物件を一括して売却譲渡することになつたが、会社の経理上三回に分割して譲渡したように記帳して経理の辻棲を合わせ、個人経営の方は同年六月末日限り廃業の旨届出るに至つたことを認めることができる。右事実からすれば、原告より同族会社に対する本件売却行為は、原告の個人営業のための営業行為として営利の目的を以てなされたものではなく、従つて商法第五百三条第二項の推定は本件においては覆えされ、原告の本件売却行為は営利の目的もなく、且つその性質上継続的行為でもないと考えるのが相当であるから本件売却による譲渡の対価は所得税法第九条第一項第七号の資産の譲渡に因る所得として譲渡所得と解すべきものである。成立に争のない甲第四号証並に証人久田重次郎の証言によれば、昭和二十四年九月十二日附国税庁長官より関信国税局長宛(直法一-一四)通達には、現物出資による同族会社の設立又は増資、若しくは、現金出資で設立した同族会社に、出資後直ちに出資者より資産を売渡した形式をとり、実質的には現物出資と同視できる場合には、当該現物の価額を収入金額として譲渡所得を計算し、当該出資者に所得税を課すべき旨の取扱方針が指示されている(同通達はその他、所得税、贈与税、法人税相互間の課税調整、現物出資の場合その現物を不当に低額に評価した場合の行為計算否認等の指示も含む。)が出資者が本件の如く商入人身分をもつていない場合だけを指示したものかどうかは必ずしも明でないにしても、本件の場合は右通達の趣旨通り取扱うのが合理的と考えられる。してみれば被告が附随収入として計上した売却代金百八十二万九千百円は、譲渡所得として右代金より仕入原価を控除した外、原告の昭和二十三年度中に譲渡所得について受けている損害金九十七万六干円(この損害のあつたことは被告の認めるところである)をも控除した残額の十分の五を課税の対象として計上すべきに拘らず、事業所得(営業所得)として仕入原価のみを控除した残額をそのまま課税の対象として裸税標準額を算出した点について宇都宮税務署長の更正決定を是認した被告の審査決定は違法のものとなるのである。

次に、支出総額中に原告が昭和二十四年度に課せられる予定の事業税を計上していないことは、本件当事者間に争がない。そこで右事業税を原告の昭和二十三年度の支出額算定に際り、同年度の一般経費として計上すべきものであるかどうかについて考える。当時の地方税法(昭和二十三年七月七日法律第一一〇号)第六十三条第一項第二項第九号、第六十五条第一項第二項によれば個人営業として印刷業を営むものは、当該年度の前年における事業所得を課税標準額として事業税を賦課されることになつており、その個人が前年一月一日から当該年度終了の日までに事業を廃止した場合における事業税については上叙前年における事業所得を課税標準とするものの外、前年度一月一日から事業廃止の時までの所得を課税標準とするものを、その事業廃止後、直ちに課するものとすることになつているし、又同法第六十七条第一項により事業税の標準賦課率も規定されているので、事業経営者は具体的年度において、その年度の所得を課税標準として翌年賦課徴収される事業税を予め算定することができるし、又右の翌年度の事業税は課税標準とされた所得の生じた年度においてその所得を生じた事実に因り、納税義務が発生しているものと観念することもできるが、翌年度に賦課徴収される事業税を、その課税標準となる所得の生じた年度の経費として計上するか、又は現実に賦課徴収された年(所得の生じた年の翌年)の経費として計上するかは、会計上の技術乃至便宜の問題であろう。理論より云えば事業税を現実に徴収されなくとも、すでにその納税義務が具体的に発生し、その税額を算定できると認められる場合には、右義務発生の年度の経費として計上するのが合理的である。事業経営者が経営を継続している限りは、課税標準となる所得の生じた年度の経費として計上されても、翌年度の経費として計上されても多少の得失は免れないにせよ結局事業の経費として、事業収入より控除されるので、納得のできないことではないと考えられるが、本件の場合の如く、事業(営業)を廃止した場合においては、廃止した年度の所得額算出について廃止した年度の所得を標準として翌年賦課徴収される事業税を廃止した年度の事業の経費として取扱わないと、翌年には事業収入がないから納税者はその事業税を事業の経費として控除して貰える機会がないことになるという不合理な結果となるのである。所得税法の取扱基本通達二六一号が「年度の中途において死亡した場合、又は事業を廃止した場合においてその死亡の年又は廃止の年に課せらるべき必要な経費と認められる公租公課でその年以後において控除される機会のない部分があるときはたとえその部分について申告更正若くは決定又は賦課徴収の決定がないときでもその見込額を控除できるもの」とし又「事業税は現実に納付したものであると否とを問わず税務官庁が進んで損金とすることにする」としていることは本件当事者間に争がないが、右通達の趣旨も上述の不合理な結果を避けることにあると思われる。尤も右通達については、被告は右通達は、従来次年度の事業税見込額を事業廃止年度の収入額より控除しなかつたのであるが、その取扱を改めたもので昭和二十五年度より実施されることになつているものであるというけれども、税法の客観的な合理解釈が、税務行政庁の上級官庁より下級官庁に対する通達により左右されるものではなく、右通達に内包されている合理性は、昭和二十五年度以前においても、そのまま肯認すべきものである。本件において原告がその個人営業である印刷業を廃業届記載の昭和二十三年六月三十日限り廃業したか、又は被告主張の如く同年十月頃に廃業したかはさて措き、昭和二十三年中に廃業したことは争がないので、同年度の所得の算定については、その所得の事実に因り発生したものと観念できる昭和二十四年度の事業税納税債務の債務額十六万八干円(この税額については当事者間に争がない)を昭和二十三年度の経費として、同年度の収入より控除するのを相当とすることは、すでに判示したところにより明である。してみれば、被告が原告の昭和二十三年度所得税課税標準としての所得の算定に際り、右昭和二十四年度の事業税予定額を昭和二十三年度の経費として支出総額中に計上しなかつたのは違法であつて、この点についても被告の審査決定は違法となるわけである。

よつて被告の審査決定の取消を求める原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲)

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